80年代バンドブームをAmazonミュージックで振り返る

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Amazon Music Unlimitedに加入してBiSHを聴きまくるのがメインなんだが、 最近では懐かしの80年代バンドミュージックを聴いてトリップするのも最高!

Amazon Music Unlimitedが3ヶ月無料で聴き放題をやっているので入ってみた。

6500万曲もあるので、最近の曲はもちろん、1973年生まれの青春である「バンドブーム」の曲を聴きまくると、あの頃にトリップができるので最高にお勧めです。

この記事を読んで欲しいオジサン

👉 バンドブームにどっぷりハマった73年生まれ

👉 「いかすバンド天国」を欠かさず見ていた

👉 オールナイトニッポンで夜更かしを覚えた

👉 友&愛でレンタルしてカセット量産

そんな、類友のオジサンたちに今回の記事は読んでもらいたい。

Amazon Music Unlimitedの3ヶ月無料体験でトリップしましょう!

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聖飢魔II

あまりジャンル分けをすることが好きではないですが、いわゆる、ハードロックやパンクやヘヴィメタルと言われる音楽がかなりの好物です。

ヘヴィなサウンドに心惹かれるきっかけになったのが間違いなく「聖飢魔II」だと記憶しています。

聖飢魔IIのデビューは1985年と言うことで、我々は12歳。

ちょうど中学1年生になった頃。

よく覚えているのは「夕焼けニャンニャン」で奇抜なデーモン小暮がやたらにメディア露出していたこと。

おニャン子クラブに全く興味がなかったので、必ず観ていた番組ではないのですが、たぶんたまたま番組で「蝋人形の館」を聴いた記憶があります。

「なんだ?このひょうきんなバンドは?」

と中学1年ながら思ったのを覚えています。

ハマったのは「蝋人形の館」ではなく、デーモン小暮が「オールナイトニッポン」に出ていた際、深夜ベットに潜り込んで寝ながら聴いていた時に流れた「FIRE AFTER FIRE」に衝撃を受けたのでした。

まさに、メタルロードに目覚めた瞬間。

それでもまだバンドへの想いは30%くらいでした。

音楽はもっぱら中山美穂が大好きと言う世界。

きうちかずひろ先生の漫画『ビー・バップ・ハイスクール』(BE-BOP-HIGHSCHOOL)にハマり始めたのもこの頃です。

大人な漫画だと思ったものです。

中学3年の頃には、一通りの聖飢魔IIワールドに浸かっており、特に「JACK THE RIPPER」や「怪奇植物」の冒頭のデーモン語りとギターリフとヘヴィなサウンドにゾクゾクしたものです。

そして「EL・DO・RA・DO 」「アダムの林檎」ではヘヴィながらもスイートな旋律にうっとり。

聖飢魔Ⅱ / EL DORADO

何かのインタビューでギターのエース清水が聖飢魔IIのギターに比べると筋肉少女帯のギターは聖飢魔IIのギター二人がかりでも叶わないくらい上手いと聴いて、筋肉少女帯にも飛びついたものです。

おそらく、筋肉少女帯のギタリスト橘高文彦を指して言っていたと記憶しています。

橘高文彦は早弾きのメタルギタリストとして昔から注目されていました。

我々の10歳上くらいですね。

筋肉少女帯では「愛のリビドー」とか今聴いても鳥肌もんのカッコよさです。

話がそれましたが、聖飢魔IIは2020年現在も活動しているようで、地球デビュー35周年を記念して再集結することが発表されているようです。

行ってみるか!?

ZIGGY

1988年、高校生になったわたしは、バンドブームにしっかりと便乗。

ギターも買って、バンド結成。

深夜番組にもハマり始めて、YOUと三宅裕司が出ていた深夜番組『土曜深夜族』を観たり、翌年には「三宅裕司のいかすバンド天国」が始まったりと、よく考えてみると三宅裕司って結構ブームだったな。

ラジオは「三宅裕司のヤングパラダイス」なんかで、「おぼっちゃま」だの「やっちゃん」だのって、読者投稿のハガキで金持ち坊ちゃんやヤクザまがいの人たちを紹介すると言うコーナーが楽しかった。

書籍まで出てましたね。

ある日、昼間の音楽番組を見ている時に、ド派手な髪型とメイクで出てきたのがZIGGYでした。

忘れもしない「GLORIA」を演奏していました。

ZIGGY「GLORIA」

正直、聖飢魔IIはコミックバンド的に衣装を見ていましたが、ZIGGYが出てきたときは、まじでヤバイにいちゃん出てきたなと思いました。

覚醒剤でもやってそうだなと。。。

ただ、恐ろしい風貌にあまりにもキャッチーなサウンドと心地よいボーカルが耳から離れず、いつしかZIGGYサウンドを追い求めてすっかり魅了されてしまいました。

また、すこぶる悪そうなボーカルの森重樹一が早稲田大学出身という衝撃を受け(まあ聖飢魔IIもそうなんだけど)、さらにドラムの大山正篤なんかはインタビューでのあまりの腰の低さに、さらに衝撃を受けたものです。

この辺で、世の中には「ギャップ萌え」と言う心理をつくものがあると気付かされた中学生なのであります。

音楽的にはヘヴィメタルなんかではなく、ZIGGY曰く「ポップよりのハードなロックンロール」と表現していたのが今でも忘れれらません。

もちろん、当時ベースの戸城憲夫が所属していたG.D.FLICKERSなんかもチェックして深みにハマりました。

ここから、ZIGGYがエアロスミスに影響されていると言う話を聞き、洋楽に手を出し、高校3年生の頃には試聴する80%が洋楽のヘヴィロックにハマっていったのでした。

森重さんは今でも活動をしていて、最近では世の中の巣篭もり期間に、アコギでZIGGYの曲をせっせとYouTubeアップしています。

年取ったけどカッコいいですね。

森重樹一弾き語り 「TOKYO CITY NIGHT」

BARBEE BOYS

1987年にリリースした「女ぎつねon the Run」BARBEE BOYSとの出会いだったと記憶しています。

確か、CMソングだったのであまりバンドと言うくくりの感じがせずに、聴いた気がします。

男女のボーカルもちょっと自分が思うバンドの定義と違っていたように思います。

わたしは高校1年の頃にバンドを始めるのですが、当時の友人がサックスを始めたと言うきっかけで、バンドはBARBEE BOYSをやろうと言うことになったのを覚えています。

初めての曲は「なんだったんだ?7DAYS」

なんだったんだ?7DAYS / BARBEE BOYS:from PlainBee

わたしはギターを担当しましたが、当然ギタリストのいまみちともたかさんの技巧がセンスありすぎで無理。

以降、すぐにブルーハーツとMODSのコピーバンドに移行しました。

元ちとせとのデビュー前のお披露目ライブを観に行った時にわたしの隣が杏子で感動したのを覚えています。

2020年4月にはBARBEE BOYS Official YouTube Channelが開設されました。

2020.05.08 Message from BARBEE BOYS

ちなみに東京事変のカバーするC‘m’on Let’s go!がカッコよすぎてヤバいです。

てなわけで、今の曲もいいですが、たまにはこんな便利ツール(Amazonミュージック)で過去にトリップするのも気持ちいいですよ!

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